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“じゃがりこは浮気の証拠”になるのでしょうか。

ユニークな「浮気の証拠」を見つけました。
この内容が正しいかどうかはさておき、「浮気の証拠」について考えます。

じゃがりこでわかる浮気発見方法

皆さん、じゃがりこって食べ物だと思ってるじゃないですか。違うんですよ。あれって極めて重要な浮気の物的証拠なんです。
どーいう事かというと、まずじゃがりこを代表とするポッキーやプリッツなどなどのスティックタイプのお菓子というのは、その食べ易さ、スマートさからみて女子が好むタイプのお菓子なんです。男子よりも確実に女子が買っているわけです。つまり一人暮らしの男性の家には置かれている確率が低いわけです。
(続く)

説明セリフ在庫処分

「浮気の証拠」とは何でしょうか。
本来証拠とは、事実を明らかにする根拠のことですから、この「じゃがりこ」は証拠とは呼べないでしょう。
浮気を知る手がかりにはなり得るかもしれませんが、相手が浮気を否定しているところに「じゃがりこがある!」と言い出したところで説得力はありませんよね。
そういう意味ではじゃがりこでは証拠たり得ないのです。

では、発見したものがじゃがりこではなく「長い髪の毛」であったらどうでしょう。
彼氏の髪の毛よりも長い髪の毛であれば、確かに証拠になるかもしれません。
「ベッドの上にこれを見つけた」と言って突きつければ、観念させて浮気を認めさせることもできなくはない。

しかし、髪の毛であっても、「浮気の」証拠になるとは限らないのです。

例えば、携帯の履歴でもそうです。
「浮気をしているのでは」と彼氏の携帯電話を覗くと、知らない女性とメールや電話をしていたとき、みな「浮気だ!」と思い、証拠を掴んだ気になるでしょう。
しかし、必ずしもそうとは限りません。
たまたま古い知り合いからメールがきてやりとりをしていただけかもしれませんし、親戚なのかもしれません。
「知らない女性と連絡をとっている」ということの証拠にはなりますが、「浮気の」証拠には、やはり威力が足りないのです。

とはいえ、この例の場合では、ほとんどの女性が浮気の証拠として男性に、その携帯の中身を突きつけるでしょう。
客観的にはどうにも筋が通らないのに、浮気だと認めさせようとしたり、謝らせようとしたりします。
これは、客観的にどうかなどがふっとび、不安が暴走した結果です。

携帯を覗くとき、「私をほめてるメールはないかな♪」などとは普通思いませんよね。
疑念を抱きつつ覗くのですから、当然疑わしきものは全て黒になります。
何も見つからなくても、よくてグレーです。

「じゃがりこ」も同じですね。
不安を抱いた人が見れば「浮気の証拠」、とくに不安もなければ「ただのお菓子」、その意味は大きく変化します。
私は、このようにすべてが疑わしく見え、やましくないはずの関係を壊しかねない行動をさせてしまう「不安の暴走」を恐れています。
不安の暴走によって多くの不幸が生まれていると思うのです。

「不安になってしまう」ことは止められませんが、暴走する前になんとかすることはできるはずです。
一呼吸おいて、落ち着いてみてください。

※ 携帯を覗くことの是非などは、また別の日に書きたいと思います。

“遠距離は果たして続くのか?”という問題について。

このタイトルには、実は重大な前提が隠されています。
それは多くの人が無意識に抱えていて気付かない前提です。

遠距離は果たして続くのか?

みなさん、こんばんは 恋愛哲学のお時間がやって参りました。
ナビゲーターのやしぴ~です。
前回から少し時間が空いてしまいました。
今日から3月ですね・・・やっぱ3月といえば
別れの季節・・・終わりそして始まり・・・
寂しい反面、期待もありますね。
そんな時期に決断しなければいけないカップルもいらっしゃるんじゃないでしょうか?
そうです・・・遠距離恋愛・・・
今回はその遠距離恋愛について語っていきたいと思います。
(続く)

恋愛哲学DIARY―やしぴ~のひとりごと―

「続くのか」というのは、それが終わることを前提とした問いかけです。
もともと「長く続くもの」という前提であれば、このタイトルは「遠距離恋愛は破局をむかえるのか?」のようになったはずです。

ほかの例で言えば、例えばみなさんは自分に「明日生きられるのか」とは普通問いかけません。
健康なときには全く考えず、病気になったり、災害にあったり、職を失ったりして「生きられない」が輪郭をはっきりさせたとき初めて考えます。
「続くか」という質問は、終わりが見えている(と思う)ときに使うのですね。

これが先に述べた“重大な前提”ですが、このことは遠距離恋愛に限ったことではありません。
もっと範囲を広げて、近距離での「恋愛」や「友人関係」、また「男女の友情」なども、よく「必ず終わるもの」という前提のもと話されます。

この前提を持つようになったのには、生きていく中で傷つき恐れを感じてきたという充分な経緯があるため、なかなか捨てづらい前提です。
そもそもこの前提があることにすら気付かないかもしれません。
それは心を守るための本能でしょうが、あまりに強いと、「付き合うことから逃げる」「素直になることが怖い」といった問題を引き起こします。
どんなに大好きな人が現れても、むしろ大好きだからこそ、その喪失を恐れて恋愛にのめり込めなくなってしまいます。
「付き合ってから3か月でふるつもり」などと言われているのに、その相手にのめり込むことなどできないですよね(変な例ですけど)。
そんなことなら始めから付き合いたいとは思わなくなります。

確かに、この「前提」に気付いたから何ができる、ということはあります。
しかし、気付くことさえできないことは乗り越えようがないのです。
怖いのは、それが失うと激痛が走るほど大きな価値だからです。
私は、その大きな価値に、怖がりながらでも飛び込んでほしいと思います。

常識と付き合っても楽しくないですよ。

私が常に思うこと、特に論理的な考え方をする人に対してですが、それは「常識と付き合わないでほしい」ということです。
常識や世間と付き合おうとする人が多いのが残念です。

「常識と付き合う」というのは、恋愛の現場に「常識」「普通」「世間」「一般論」「正しさ」「統計」などを持ち出すことを言います。
「黙って異性と遊びに行くなんて非常識」
「世間じゃそんな甘えは許されない」
「普通はデートには遅刻しないものだ」
などを、パートナーや親密な人に突きつけることです。

普段の穏やかなときには、常識などが持ち出されて大きく問題になることはありませんが、関係が離れつつあるときには大きく響きます。
例えば片方が黙って異性と遊びに行ったとき、「そんなのは非常識」と言われてしまえば、言われたほうは「そんな常識なんて誰が決めるのだ。気にしないカップルだっている」と思って反発したくなります。
責めているほうは、性格や生き方として「正しさ」を求めてきたということもありますが、「常識」や「一般的な考え方」を持ち出して自分の意見に正当性を与え、攻撃力を増そうとしているのです。

裏を返せば、常識や世間の力を使わないと自分の発言に自信が持てない、ただお願いするだけでは聞いてもらえるはずがない思っているのですね。
愛されることに不安なのです。

喧嘩をしているときには、つい「正しさ」を争うことに躍起になり、「どちらが正しいことを言っているかアンケート(統計)でもとるか」などとさらに悪化させる発言をしてしまうかもしれません。
そこまで感情が高ぶってしまったのは仕方がありませんが、ある程度熱を持って言い合った後は、「でも、相手が正しくないからとか非常識だからとかが悲しいんじゃないんだ」ということに気付いてほしい。
あなたを傷つけるのは「常識」「普通は」といったことではありませんよね。
それを「常識に沿っていないから」とか「間違っているから」とかに置き換えてはならないのです。

逆の場合、つまり幸せも同じです。

好きな人が自分に対して、ときにはもう頭がおかしくなるのではないかと思うくらいの喜びをくれるのは、「付き合っているので普通はそうする」からではありません。
あなたのことを好きだからです。
あなたが恋人を泣かせるほど喜ばせることができるのも、「雑誌のアンケートの平均以上の予算で誕生日を祝ったから」ではありません。
「プレゼントなしだと思わせておいて、実は帰りのタクシー運転手と示し合わせたサプライズプレゼントをあげたから」です。
自分なりの愛し方をしたからなんです。

「世間」や「常識」を持ち出してばかりの恋愛は、ただの義務となってつまらないし面倒くさいばかりです。
二人の気持ちをメインにしていってくださいね。

“彼氏が喧嘩をするとホワイトボードに..”

喧嘩になると彼氏さんがホワイトボードを使ってきて、反論できなくなってしまう女性の話です。

彼氏が喧嘩をするとホワイトボードに..

彼氏と口論になると
彼氏はまず要点をまとめようとホワイトボードなどに
喧嘩の原因
お互いの要求 を書き
どこが妥協点か?というのを問います。
そのホワイトボードによると7:3くらいで私に妥協してるのですが
まったく納得できません!
ですが反論もできないです。何か良い知恵をお願いします

YOMIURI ONLINE

この女性の相談に対する反応は様々です。
男性側を「頭がいい」「ちゃんと歩み寄ってくれるなんて素晴らしい」という意見や、女性側に同調して「こうして要求を通せばいい」という意見など。
最初のページのレスを見る限りでは男性に賛同する意見が多いようです。
どちらが正しいのでしょうか。

私の結論は「どちらも間違っている」です。
ただし、「妥協してもらってわがままを言う女性側はおかしい」とか「ホワイトボードを持ち出すなど気持ち悪い」といったような「間違っている」を言うつもりではないです。

女性が納得できないのは、ホワイトボードを持ち出されたことでも、妥協が7:3であることでもありません。
気持ちを理解されていないことです。
今はホワイトボードを持ち出されたことで意識がそちらに向き、本人も「ホワイトボードなど気持ち悪い」と思っているかもしれませんが、これがホワイトボードでなくて口論だけであっても、同じように「どこが妥協点か?」などと結論を出されたら納得しないでしょう。
彼女が求めているのは妥協でも自分の要求がすべて飲まれることでもなく、気持ちを理解されることです。
「納得感」を得たいのだと言えます。

相手の男性のほうは、一般的な男性に見られる傾向に当てはまり、かなり論理的です。
頭が良いのですね。
この男性が社会人であれば、会議や取引などではホワイトボードを持ち出して論点をまとめることは非常に役立つかもしれません。
女性が「いつも喧嘩では怒って泣いてしまう」ようですから、うやむやにされないため、相手のペースに飲み込まれないため、結論を出すためという意味では効果的です。
しかし彼は状況を見誤っています。
これは二人の問題で、会議で通用するやり方が効果的なわけではない、そもそも結論を出すことが喧嘩をしている理由ではない、ということを見落としています。

「彼女が男と遊びに行くのはありだ、なしだ、という口論になったのなら、結局アリなのかナシなのかを決めるのが目的だろう」と思うかもしれません。
確かに、行動としては「どうするか」を決めねばなりませんし、それで解決したり納得するならそれがよいでしょうね。
ところが女性はそんなことを求めてはいなですし(だから相談をしてきたとも言えます)、男性も無意識では解決したいのはそんな些末な問題ではないのです。
この例で言えば、「彼女が男と遊びに行くと彼氏が不安になること」が問題なのであって、本来はこの不安をどうにかするのが解決であるはずです。

「男性側はただ謝っておけばいい」
「女性が求める解決とは、自分の要求がすべて通るというわがままな結果だけだ」
「妥協してもらってるんだから我慢しろ」
「論理的に言われて反論できないなら女性が間違っている」
「喧嘩にホワイトボードを持ち出すなどどうかしている」
など、回答の多くがかなりの見当違いだと思います。
そういう意味で「(考えるべきことが)間違っている」と私は言います。

どうしても「彼氏がおかしい」や「彼女がわがまま」などと主張したくなる人は、自分の中に競争心があることに気付いてください(多くの人は気付きません。だから引用先での回答が見当違いなものになるのです)。
その競争心を克服できたら、ぐんと魅力が増すはずですから。

付き合うことは契約ではありません。

「契約」というような、外からの強制力を持つものであってはならないのです。

「付き合う」という考え方自体、特になくてもいいものなのです。
好きな相手と一緒にいたいから一緒にいる。
相手のことを気にかける。
それを「付き合う」という一言にまとめただけなのです。

たまに、付き合っているのだからデートするのは当然、電話をするのは当然などと主張する人を見ます。
これは順序がおかしいですよね。
デートしたい人とデートする、電話したい人と電話する、そのような状態を普通「付き合っている」と呼ぶのですから、「付き合っているのに電話しないなどおかしい」というのは的外れなのです。

「付き合っているのだから○○せねば」と追い詰められている人は、考え方の順序が逆であることに気付いてください。
「付き合っているのだから○○してよ(○○させろ)」と求めている人は、なぜそんな悲しい求め方をするのか(素直にしてほしいとお願いできないのか)考えてみてください。

付き合うことが誰かを縛る鎖であってはなりません。
好きだからという前向きな理由で付き合いたいものです。

みじかめ恋愛アドバイス

恋愛メモ

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